拓本「欧陽詢・虞世南・チョ遂良」・寒山寺・楓橋夜泊
中国で石碑が現れるのは後漢からで、その起源は廟門または墓柱ではないかといわれています。石碑全体は板状の石で、上部は尖っていたり、丸かったり、龍頭などが彫刻され、下部は石碑台があり、方形のものを方趺(ほうふ)、亀のものを亀趺(きふ)とよぶそうです。 石刻の文字を墨で紙に拓取することは唐より前から行われていたが、多くの人々が拓本によって石碑の書を鑑賞するようになるのは、おそらく宋代以降からであり、しかしそれは多くの場合、石碑の原型のままの拓本によるのでなく、行ごとに切って本の形にまとめた剪装拓(せんそうたく)によった。 当店の拓本でもわかるように石碑が現存する場合でも、長い年月の風雨や彩拓によって碑面がひび割れたりして、その書を鑑賞する場合には古い拓本ほど珍重される。 宋濂(そうれん・1310〜1381)ですら「九成宮醴泉銘」の良い拓本が得がたいことを嘆いており、人気のほどが伺える。 これらの拓本は剪装拓によって復元された碑文の全体です。
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品名:寒山寺・楓橋夜泊(かんざんじ・ふうきょうやはく) 品番:TUO-2 サイズ: 132cmx68cm 価格:¥1980 「税込」 唐代の詩人・張継が旅情豊かに詠い上げた七言絶句の“楓橋夜泊”です。 |
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