蟋蟀「コウロギ」 ・ 闘蟋「とうしつ」 について
 

古代中国人にとって、蟋蟀の鳴き声が、機(はた)を織るときの規則的な音に聞こえたらしい。機織は女性の労働を象徴し、蟋蟀は女性に労働を促すシンボルと考えられた。世界を陰陽に分ける五行思想では、陰の生き物の象徴で、女性の徳を表現する。秋の使者だが、郷愁、憂いの心をたとえるものとして、古来、蟋蟀と人間との関係を詠った詩として「木蘭」がある。

さて本題 蟋蟀の習性を生かして(コウロギのオスは縄張り意識が強く、他のオスの存在を知ると果敢に攻撃する)、宋代から流行した遊びが「闘蟋」。宮廷から庶民まで夢中になったという、宮廷には飼育係までいたそうで、その為、闘蟋に必要な小道具は凝った物が多く、持ち運びの籠から餌箱まで競い合ったそうです、現在も闘蟋は復活して色々凝った物が売られています。中国映画で「火龍」の中にも、中国最後の皇帝が刑務所から出所後、一般庶民として再出発していくのですが、ベットの中でコウロギ箱からコウロギをだして、餌を与えながら、なんともいえない至福の笑顔を映し出していますが、中国女性はまるきり興味がありません。どこの国も道楽は男の特権かな、、、。「蟋蟀」の字が日本では平安時代以前、「キリギリス」をさしていて、古文ではしばしばキリギリスのこと。中国では昔も今も、コウロギ。 




それにしてもいったい闘蟋の何が人々をひきつけるか。 ひとつには2センチ足らずの昆虫が繰り広げる闘いぶりにある。もうひとつは飼育の奥深さ。日々、丹精こめ育ててはじめて名将の働きを見せる。闘蟋は、コウロギに関する知識や経験がどれほどあるか、飼い主の力量が試され、メンツがかかっているからこそ闘蟋迷(トウシーミー・)「コウロギオキチ」たちは奥義をきわめようと研究に没頭し、飼育に血道をあげるのである。それゆえ飼育道具にもこる。



品名:養盆(ようぼん)
品番:TO-108
サイズ:直径12.5cm 高さ10cm
材質:陶器 「宜興製」
価格:¥4.990「税込」

※ オスのコウロギは無駄な喧嘩を避けるため、一匹ずつこのような陶器の容器に飼う、この養盆はコウロギが暗い場所を好む「陰虫」であることをつきとめた宋代から使われるようになったが、適度の湿度や温度を保つよう、焼き方に試行錯誤が加えられ、同時に器としての美しさ、彫刻を施したり、玉石を象嵌したりした美術工芸品も数多く製作された。明末の萬禮張(バンレイチョウ)、清代の趙子玉(チョウシギョク)の名匠の作は、コレクターのあこがれで、中国北京オークションでも20万元(約300万)で取引されたそうな。







品名:養盆(ようぼん)
品番:TO-109
サイズ:直径11.5cm 高さ9cm
材質:陶器 「宜興製」
価格:¥3.990「税込」

この養盆には蓋に大清国咸豊年品。と彫られていますが、倣古品でしょう。
  碁石入れにはしぶいかも。















品名:こうろぎ籠
品番:TO-110
サイズ:直径6cm 高さ13cm
材質:骨・木 
価格:¥8000「税込」
 

これはコウロギを持ち運びしたり、仲間たちに見せびらかす時、使うものですから、入れ物自体にも色々凝ります。中国映画で「火龍」の中にも、中国最後の皇帝「溥儀」が刑務所から出所後、一般庶民として再出発していくのですが、ベットの中でこのようなコウロギ箱からコウロギをだして、餌を与えながら、なんともいえない至福の笑顔を映し出しています、でも彼の持っていたのは玉と象牙造り。





 宮廷から始まった闘蟋は貴族、富豪、庶民へと広がった、南宋の都臨安(現在、杭州)の繁華街には虫市が立ち、大勢の闘蟋迷(トウシーミー・)「コウロギオキチ」たちで賑わった,
、「西湖老人繁勝録」に
闘蟋迷(トウシーミー・)には自分の虫が死ぬと銀の棺に入れ、ねんごろに野辺の送りをする人も現れた。「西湖老人繁勝録」には、その埋葬にたびたび立ち会ったり、又数々の奇行善行を行った、実在の禅僧もいたそうだ。