| 中国の霊獣(獅子・龍)と鎮墓獣・辟邪及び天禄 聖域を守る霊獣といえば、色々居るが、そのルーツは遠くエジプトのライオン「獅子」といわれる。
西域では太陽の力を宿すとされ、中国には聖獣として戦国時代頃に伝わり、仏教では寺院などの神聖な建築の守護者であり、お釈迦様の左脇侍の文殊菩薩が乗る神獣でもある。やがて邪気を払う魔除けとして定着していった。獅子の形態は民間の中で様々であり、代表的なのが右前足で毬(綉球)を踏んでいる雄と左前足で子供を踏んでいる雌である。また、雌雄の獅子が共に綉球で遊んでいるのもある。家の入り口などに置かれる時は、邪気を追い払う力を持つ。
また、獅子は権力の象徴となり、唐の頃から仏教における獅子と、陵墓の前の石獅子像が融和した。宋の時代は文化面でも中国的・国粋的なものが栄えた時代で、それを受けて獅子は唐獅子となり、その形態が確立された。 中国には古代から沢山の合成霊獣が創られていて、龍、麒麟、鳳凰、辟邪、天禄等がいた。此れらの霊獣は、獅子が西の方から来る前にその座を占めてしまい、獅子は出遅れてしまった。
北京の紫禁城の唐獅子はその完成品ともいうべきもので、その威厳ある姿は素晴らしいものである。 唐獅子は多くの寺院の門前に侍り、聖域を守る霊獣となった。
中国では陵墓の中に、色々な物を鎮魂の為に入れたが、その鎮墓獣は、辟邪或いは(かいち)と呼ばれ、西晋の頃から墓の中に置くのが流行り出したという。 最初は門の処に一つ置いたが、北魏の頃から対になり、唐時代になると四基に増えた。
辟邪は邪悪を斥ける神獣で、前漢代の東方朔の『十州記』に「聚窟州に辟邪と天鹿がいる」とある。 頭部には一角或いは二角を持ち、身部は有翼の獣形で足には蹄がある。 同様に蹄がある。角のある鎮墓獣は蹄足が多く、獅子形の像は殆ど獣足であるので、見分けが付く。 しかし、鎮墓獣には色々の種類があり、北魏には角を二本生やした辟邪などがある。像は狛犬というより、犬にそっくりな姿をしている。
漢代の宮門と陵墓の守護を司る神獣には、天禄と辟邪がいる。天禄は、体は虎豹に似て、頭は獅子に似て二本の角、大きな口と鋭い歯、下顎には巻いた鬚がある、といわれている。同じような合成神獣の一角の辟邪と一対になって陵墓を守っている。 辟邪は邪悪の者を入れないように守る霊獣のことであるが、天禄とは、あの世で福禄に恵まれるようにとの願いを託した霊獣で、もともとは鹿であったらしく天鹿とも書く。 天禄を身近に置いたり、古人が辟邪を女性の髪飾りの上に置いたりしたのは、共に不祥を祓い吉祥を安んずる意味をこめたものといわれる。
天禄・麒麟と獅子とでは格が違うようである。獅子は未だ天子の象徴とはなり得なかったらしい。
中国古代の創造霊獣は、鎮墓獣や辟邪と天禄となり、神鏡にも刻まれて 陵墓や古墳など、聖域を守ってきた。その形は色々と変化して一様ではないが、 本質は同じであり、日本の狛犬も、これらの霊獣が変化して渡来してきたものと思われる |